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小雪★よしき@沖永良部!

2010年のお正月を沖永良部で迎えるべく旅立ったひとりと1匹。よしきさんからお借りしたまったり旅日記です。犬連れバックパッキングのヒントもいっぱい。

★★★★★★★★★★★★★★★

2009年12月31日の午後8時前、僕の携帯電話が鳴る。大晦日の夜にいったい誰だろうと思いながら画面を見ても見覚えのない番号からだ。訝しみながら電話に出てみると、JALからだった。「大変申し訳ありませんが、たけうち☆様にご予約を頂いている、明日の鹿児島行きの飛行機が、悪天候にともないまして欠航が決まりました。」ガビーンである。JALの人は続けて言う「そこで、鹿児島行き、沖永良部行きの両方を一便ずつ遅らせて頂けませんか?」そういうことなら早く言ってくれよ。了承して電話を切った僕は、初日の計画を練り直すために地図を開いた。

今回の旅の目的地である沖永良部島は鹿児島空港からさらに522卞遒飽銘屬垢襦⊆囲が約60劼両さな島だ。僕と小雪は正月休みを利用して、元旦から5日間でこの島を一周する計画を立てている。

元旦の朝、軽い散歩をしてから荷物を積み終えた僕達は9時半頃に家を出発した。小雪はいつものポジションである、運転席と助手席のシートの間から顔を出し、しっぽをビンビンと振っている。中部国際空港の手前の空き地でもう一度、散歩と水やり。犬を飛行機に乗せる時はトイレを水やりには気を遣う。

空港の駐車場に着き、オスプレーの70リットルのザックを背負った僕は、少し興奮気味の小雪を降ろし、空港内をカウンターに向かって歩く。周りからの視線を感じるが、それもそのはず。僕は身長180僂両紊縫肇譽奪ングブーツを履いているので185僂らいあり、その頭の上から出そうなほどのデカいザックを背負い、さらに美人なゴールデンレトリバーを連れて空港内を歩いているのだから、目立たないほうがおかしい。なかなか誇らしい気分だ。熱い(?)視線を感じながら建物内の緩い坂を登り切った辺りで小雪が突然立ち止まる。と、いきなり小雪はふんばりはじめたではないか!その瞬間、熱い視線が冷ややかな視線に変わったのを僕は感じずにいられなかった…。

ウンコの後片付けを終えた僕はそそくさとJALのカウンターに向かい、何事もなかったかのようにグランドホステスにクレート(犬運搬用のケージ)を依頼した。「こちらにお願いします。」という言葉とともに出されたクレートを見た瞬間、小雪は猛然と後ずさりした。小雪は普段も家にあるケージに入ったことが無い。小雪専用車の軽自動車、バモスはトラベルドッグ・バージョンという、毛や臭いが付きにくい使用の為、後部座席を小雪の指定席にしてあるし、もう一台の愛車の4WD、FJクルーザーには年に2〜3度だけ、ケージに入れて乗せる程度だ。しかも空港は小雪にとっては鬼門で、来る度にクレートに押し込まれては何時間も訳の分からないところ(飛行機の中)に積まれて知らない場所に連れられていくのだから、クレートを嫌がるのも無理はない。しかし、小雪がクレートを嫌がるのは、もちろん織り込み済みである。後ずさる小雪を抑えながら、僕は素早くおやつを取り出してクレートの中に一つを投げ込む。それを見た小雪は後ずさるのを止め、クレートの入り口に近寄り、中に入るべきか、入らないべきかを戸惑っているような仕草をする。僕はもう一つのおやつを小雪の鼻先持って行きながら、小雪のおしりをクレートの中に向けて押し込む。食い気に負けてクレートの中に入った小雪は「やっちまった!」という顔をしている。これから6時間は別々の旅だ。

中部、沖永良部間には直行便は無い。一度、鹿児島を経由して沖永良部に向かう。鹿児島では待合ロビーから見える霧島連山の美しさに感動し、坂本龍馬が新婚旅行で登ったと言われる霧島連山に登ることを決意した。2010年中は難しいかもしれないが、近いうちに登ろう。

鹿児島、沖永良部間は定員75人程の小さなプロペラ機「ボンバルディアQ400」が就航している。ボンバルディア社はカナダの小型旅客機を専門に製造している会社だ。数年前には着陸時に車輪が出ない等の事故が多発したことは記憶に新しい…。搭乗口からプロペラ機に向かって歩いていく途中でクレートのまま積まれていく小雪を発見!荷物と一緒になっている姿をカメラに納めることに成功した。

強い風にあおられ、揺れながらも沖永良部に到着し、やはり飛行機からは歩いて空港の建物に向かう。沖永良部空港はとても小さい。建物は平屋で、屋上では出迎えの人たちが手を振っていて、その人達と会話ができるほど。荷物の受け取りカウンターに行くと、さらに驚いた。普通(?)の空港ではベルトコンベアーに乗せられて荷物が流れてくるのが常だが、ここでは違った。ステンレスを貼った4メートル弱で膝下程度の高さの台で受け取ることになる。イメージの中の東南アジアの小さな国のようだ。その横の扉に荷物が載せられたトラックが横付けされ、その台に係員が直接、荷物降ろしていく。旅客数に対して台が小さいので、あっという間に台はいっぱいになり、台の向こう側にも荷物が置かれていく。台の向こう側の荷物が欲しければ係員に「あの赤いカバンをとってください」と声を掛けて、取ってもらうことになる。僕のザックも同様に「あのデカいザックを下さい」と言って取ってもらった。

次は小雪との対面だ。係員が二人がかりで台車の上に乗せてくれたクレートを受け取り、建物の外に出た僕は、早速クレートの扉を開き、小雪を出してやった。6時間ぶりの対面に小雪は喜び、飛びかかってきて、僕の顔を舐める。

空では強かった北風も、島の南側を歩く僕らにはあまり影響は無いようだ。20垓瓩ぅ競奪を背負った僕は、たっぷりと水を飲んで一息ついた小雪とともに西に向かって歩き始める。今日の目的地は空港から4〜5厠イ譴審淦亞ど邑園だ。 空港に到着したのが16時半で、空港を出発するのは17時近くになり、いかに日没が遅い南西の島といえど、暗くなる前に到着できるかどうかは若干の不安があるが歩くしかないのだ。

空港から10分ほど歩いたところに最初の観光スポットである『日本一のガジュマル』がある。和泊私立国頭小学校の校庭に、そのガジュマルの樹はあった。1898年(明治31年)の第一期卒業生が植樹したらしい。本当は校庭に入り、近くで見てみたいが、元旦なので校門は閉じられている。幸いにも空港の近くにあるのだから、ここは不法侵入などせず、帰り道に期待することにしよう。歩き始めて15分ほどで辺りは薄暗くなってきた。すれ違う車はライトを点け始めた。

南国らしくソテツモドキが街路樹として植えられ、また、真っ直ぐな道よりも変化があって楽しい、緩やかなアップダウンのある道を、時折地図を確認しながら南西に向かって歩く。島の雰囲気は九州鹿児島というよりも、沖縄の離島に近い。それも石垣島よりもずっと田舎の島のようだ。

一時間ほど歩くと左手に塔が見えてきた。おそらく笠石海浜公園にある展望台だろう。僕達は幹線道路から左手の脇道に逸れ、公園に近づいて行く。ずいぶんと暗くなってきたが、もう5分もあれば到着できそうだ。

笠石海浜公園は比較的大きな公園で、広々とした芝生の広場や、屋外ステージもある。公園内に設置された案内図によるとキャンプ場も併設されていて、覗いてはみたが、あまり快適な環境とは言い難いので、ブランコやジャングルジムがある子ども公園という場所の片隅にテントを張ることにした。

ザックを下ろした僕は小雪のリードをジャングルジムの棒につなぎ、水とドッグフードを与えてから、テントを設営し、続けて自分の夕食の準備に取りかかる。空港の目の前にあるガソリンスタンドで500佞離譽ュラーガソリンを入れてもらったMSRのウィスパーライト・インターナショナルは一連の儀式の後、ゴウゴウと頼もしい音をたて、あっという間にお湯を沸かしてくれた。ガソリンが5日間もつかどうかは難しいところだけれど、もし無くなっても大丈夫なように、予備燃料としてEsbitの固形燃料も持ってきてある。

食事を終えて一息ついた僕は熱いコーヒーをすすりながら、海の見えるほうに向かって公園を歩いていった。海の見えるほうに歩く、と言っても30メートルほどだ。空には月齢16歳のほぼ満月が美しい。

突然、目の前に見たこともないような風景が広がった。幻想的かつ荘厳。満月と海が織りなす、この美しい景色を見るために、この島に来たのかもしれないと思わせるにも十分かつ、余りある美しさだ。僕はしばらくの間、その場に立ち尽くしてしまった。

感動と共にテントに戻った僕は片付けをして、小雪と一緒にテントに入り、ipodでノラ・ジョーンズを聴きながら少しだけ浅田次郎の小説を読んでから、明日に備えて早めに眠ることにした。小雪は僕の足下で丸くなり、もう寝息をたてている。

Day 2

7時にセットした携帯電話の目覚ましと、ほぼ同時に僕は目を覚ます。夜中には寝心地の良いマットの上のポジショニングを巡り、僕と壮絶な争いを繰り広げた(といっても、僕も小雪も寝返りついで)小雪もなんとなく目を覚ます。旅のときだけでなく、小雪はいつも僕が目を覚ますまでは一緒に眠っている。「あと少しだけ眠りたい」というときでも同じように眠っていてくれるので助かる。

薄手のダウンを羽織った僕は小雪にリードを着け、テントの外に出る。空はうっすらと雲に覆われているが、雨の心配はない。小雪におしっこをさせてからフードを与える。当たり前のことだが、歩きの旅なので散歩はしない。
おしるこを朝食にした僕は、ゆっくりとコーヒーを飲みながら今日の予定を確認してから撤収を始める。その間にも小雪はリラックスした感じで横になっている。

少しのんびりと準備したせいで出発は9時になった。笠石海浜公園から緩い坂を登り、昨日歩いてきた幹線道路に戻る。久しぶりに背負うザックはズシリと重い。僕はこんなおかしなことばかりやっているが、実は怪我だらけだ。中学校から大学まで部活でやっていたバスケットボールと、なかなかのレベルにいたスキーのモーグルで、すっかり膝の軟骨をすり減らし、二十歳からすでに十七年間も腰痛と共に過ごし、さらに11月の終わりにはぎっくり腰をやってしまった。今はサポートタイツと腰のサポーター無しでは歩く旅をすることはできない。友人達にも「そんな身体で、なぜ歩くのか」と聞かれるけれど、タイツとサポーターがあれば歩けるんだから、別段問題ないと思っている。実際に、この旅の間は一切痛みは出なかった。自分のやりたいことを諦めるくらいなら死んだ方がマシだ。やりたいことをやらない理由ばかり探す人生はまっぴらだ。出来ない理由があるのなら、それをクリアすれば良い。

今日は和泊のまちを抜けて、島の北西にある沖泊の公園まで24〜25劼曚品發。『花の島・沖永良部』は幹線道路の横にもたくさんの花が咲いている。1月2日だというのに、ヒマワリまで咲いている。

車に乗ってすれ違う人たちが僕達を見ながら通り過ぎていく。ほとんどの人たちが笑顔で通り過ぎ、中には極端にスピードを落とす人もいる。さらには軽く頭を下げ、目礼してくれる人までいる。なにやら素晴らしい旅になりそうな予感がする。

和泊のまちの入り口には第2の観光スポット、南洲神社がある。南洲神社には西郷南洲(隆盛)が奉られている。大島郡の人たちにとって、西郷南洲は特別な存在のようだ。

和泊のまちは『街』だった。商店街があり、当たり前のことだが人も歩いている。すれ違う人たちと挨拶を交わしながら歩く。「こんにちは」の一言にも雰囲気の違いがわずかにあり、しかも、全ての人たちが笑顔で挨拶をしてくれる。良い旅をしていると感じる瞬間だ。

商店街の途中の靴屋さんの店先にビーチサンダルが並んでいて、その一つを買うことにした。小雪を店先につないでから黄に青の鼻緒のついたビーサンを手に取り、店の中でお金を払おうとすると、おばちゃんが話しかけてきた。

「どこに行くの?」
「昨日の夕方に到着して、島を歩いて一周します。」
「歩いて一周するの!?すごいねぇ。コレ持っていきな。」
おばちゃんは笑顔と一緒にアメ玉を十個くれた。ありがとう、おばちゃん。
靴屋さんからすぐの交差点を右に折れ、進路を北にとる。ここからしばらくは登りが続くはずだ。

歩き始めて1時間半ほどで坂をある程度登り終えた僕はブランコがあるガジュマルの樹の下でザックを下ろして休憩することにした。小雪に水を飲ませ、僕も昨日の夜に飲料水として一度火を通しておいた水を飲んだ。「ま、まずい…。」こんなに不味い水は初めてだ。試しに小雪用の水を飲んでみる。こちらは大丈夫だ。どうやら湧かした水は不味いらしい。沖永良部島は珊瑚礁が隆起して形成された島だという。そのおかげで雨のほとんどは地面に浸み込み、豊富な地下水となって人を含む動物たちの喉を潤しているのだが、島の土地の主な成分の一つである、石灰質を多く含んでいる。もしかすると石灰質が、お湯を沸かした際に使用したコッヘルのアルミと反応したのか、あるいは水筒として持ってきているプラティパスとの相性が悪いのか…。僕はしかたなく自動販売機でスポーツドリンクを買った。飲料水だけは買わなければならなくなってしまった。

スポーツドリンクを飲みながら地図を開いて現在地を確認していると、すぐ後ろにある脇道に軽トラックが止まった。「何か分からんか?」とおじさんが車を降りて聞いてきた。おじさんは地図を見ながら「この辺りでゴジラの撮影をした」だの、「この岬は自殺の名所で、先端まで行くと道が分からなくて出てこられない」だのと、島のことをいろいろと教えてくれた。この島の人たちは皆が親切だ。

僕と小雪は再び、サトウキビ畑の道を歩き出す。高校生くらいの年令の原付の若者二人(軽いヤンキー風)とすれ違う。二人とも「こんにちは!」と声を掛けてくれた。通りすがりの高校生が挨拶をしてくれるなんて、予想外でうれしい。途中のグランドでも野球の練習をしている男女3人の高校生が挨拶してくれる。全ての基本は挨拶だ。沖永良部の子どもたちはちゃんと育っている。

いくつかの峠を越え、14時をまわり、さすがに脚が疲れてきた。相変わらずのサトウキビ畑だが、道の向こうには東シナ海が見えてきた。目的地の沖泊公園が近づいてきた証拠だ。

海が見えてから小一時間程度で沖泊港があり、さらに10分ほどで公園に到着した。

沖泊公園からは島で唯一の滝が見える。大きな川なんて無いのに、いったいどうしてあんな立派な滝があるのだろう。なんにせよ、滝が注ぎ込む、きれいな海岸のすぐ近くに、広い芝生に東屋とトイレがあるという最高のキャンプサイトだ。難点は観光客が多い(と、言っても常に5人ほど)点だろうか。

天気予報では夜半から雨となっているため、僕は東屋の中にテントを張る。テントの外にマットを引くと、小雪はすぐに横になった。今回の旅では小雪にも荷物を持たせてある。小雪の食べるドッグフード丸4日分を、ラフウェアのパリセーズパックという、犬用のバックパックにバランスよく入れ、担がせるのだ。初めて荷物を背負った小雪も疲れたんだな。

人間がザックを背負っているのは珍しくないが、犬までがザックを背負っているので、本当に目立つ。このスタイルが後に出会いを演出することになる。

Day 3

天気予報通り、夜半に降り出した雨は朝になっても止む気配は無い。冬に南の島を旅するときには、雨を避けることはできない。五日間もいたら尚更だ。今日一日は雨空の沖永良部を歩くことを楽しむことにしようと、自分に言い聞かせる。

そうは言っても気が向かない僕は、昨日以上にのんびりと撤収をはじめる前にトイレへ。トイレの中でどこまで行くかを悩んでいると、外で車が停まる音がした。雨を避けるために東屋にテントを張ったので、あるいは行政の人が注意しにきたのか…。

仕方なく、トイレから出た僕は停車した車から降りてきたおじさんに、努めて明るく挨拶をした。

「シェルパ斉藤さんかと思ったけど、違うよね?」
と、おじさんは突然言った。シェルパ斉藤とはネパールと日本のハーフ…ではなく、至って日本人らしい顔をした日本人だが、あらゆる雑誌に連載を持つ作家であり、僕の友人であり、犬連れ旅の先輩でもある。

「違いますけど…。」

「昨日、犬を連れて歩いている人を見たから、斉藤さんかと思って来てみた。」

「すいません。斉藤さんとは仲良くさせてもらっていますけど、違います。」

「『BE-PAL(月に20万部が発行されているアウトドアの専門誌)』は創刊号から読んでいるんだ。ところで、洞窟は好き?」

「は?洞窟ですか?どちらかというと嫌いです」(本音:閉暗所恐怖症保持者なので)

突如として現れた白川さんというおじさんは、シェルパ斎藤さんが『いきあたりばっ旅』というタイトルで十年以上に渡って連載を続け、創刊から30年ほどの歴史を持つBE-PALの愛読者で、バックパッカーとして旅をする人が好きらしい。しかも、島の洞窟に詳しく、島に洞窟の探検に来る数々の大学の探検部からは案内役として重宝がられているとのこと。知る人ぞ知る、創刊120年の世界的写真誌『NATIONAL GEOGRAPHIC』誌では白石さんが案内した洞窟が国内最長に近く、世界的にも貴重だということで表紙を飾っている。

「今日の予定は?特に決まっていなければ車で観光に行かんか?」
突然現れた白川さんの突然の申し出に、僕は少々戸惑った。

「特に予定は無いんですけど、良いんですか?犬もいますよ。」

「その為に来たんだから良いんだよ。」

僕は白川さんのご厚意に甘えることにした。なんたる幸運。幸運というよりも人と人の繋がりの不思議を感じる。島に毎月五冊だけ入ってくる数少ないBE-PAL誌の愛読者で、友人の斉藤さんを知っているバックパッカー好きのおじさんに拾われる可能性とは果たしてどのくらいなのだろう。もし、ザックを背負って頑張った小雪がいなかったら、白川さんとの出会いは無かったのかもしれない…。

慌てて撤収を終えた僕は小雪と共に白川さんの車に乗り込む。キャンプサイトからほど近い田皆岬というという岬を見た後、車はなぜか白川さんの家の前に停車する。白川さんの家にはガラクタ(失礼!)が山ほどあった。拾ってきたガラクタを直して使うとこのだが、こんなにもいらないと思う。やっぱり変わった人なのだ。

白川さんはおもむろに電子ピアノを弾きだした。曲名は忘れてしまったが、知っている曲だ。決して上手くはないが、丁寧かつ正確に音を奏でる。

「独学で覚えたんだ。」
白川さんは照れながら言う。

「独学って、ピアノをですか?」

「そう。オタマジャクシが読めないから、全部耳コピーだ。」
白川さん、あんた何者なんだい…。

お茶をごちそうになった僕は再び白川さんの車で走り出す。次は白川さんお得意の洞窟だ。と、いっても昇竜洞という、観光用に手入れされた鍾乳洞だ。ここのおばちゃんに「犬も良いですか?」と尋ねると、当然のように「他のお客さんに気をつけてね」とだけ応える。島は犬に甘い、というか、理由の無い規則に縛られたり、押しつけたりすることが無いようだ。おかげで小雪と一緒に鍾乳洞を見物することができた。しかし、小雪にとっては少し怖かったようだ。

他にも、島の観光地という観光地を案内してくれた後、白川さんは今日のキャンプ予定地まで送ってくれた。しかし、そのキャンプ予定地は予想に反し、風が強く、トイレもシャワーも無く、快適な環境とは言い難かった。戸惑う僕の気配を察した白川さんは「もっと良いところがあるよ」と言って、車を出した。白川さんに案内してもらったキャンプサイトは完璧だった。大きな東屋にテーブルとイスがあり、トイレも近く、水道まである。極めつけは島で二つしか無い、日帰り入浴可能な施設の一つが目と鼻の先なのだ。

白川さんは胸のポケットから『フローラルホテル・入浴券』と書いたチケットを差し出した。

「これで風呂に入って。」

「観光させてもらった上に、入浴券なんてもらえませんよ。」

「良いから受け取って。」

僕は自分がしたいことをしているだけの旅人だ。しかも貧乏旅行者で、島にとってプラスになることは一つもない。そんな僕に対する白川さんの優しさが胸に沁みる。

白川さんと別れた僕達は東屋の下にテントを張り、早速風呂に向かった。当然ながら小雪は留守番だ。不思議なもので、テントを張って荷物を入れっぱなしにして出かけても、泥棒やいたずらにあったことは無い。僕の運が良いのか、それとも人々が善いのか。僕は後者であると信じている。

三日ぶりの風呂でリフレッシュした僕は小雪と一緒に食事を摂る。風呂に入った後のメシ(やっぱりフリーズドライ)は美味い。その後、携帯電話のワンセグで『龍馬伝』の初回を観る。西郷隆盛が島流しに遭った沖永良部島で観る『龍馬伝』は、幕末好きの僕にとって、なかなか感慨深いものだ。

今日も楽しい一日だったな、と小雪と話しかけみたけれど、小雪はすでに夢の中にいるようだ。

Day 4

朝7時に目を覚ます。小雪を連れてテントの外に出た僕は、小雪のトイレタイムを兼ねて軽い散歩をする。島の東側の海からは綺麗な朝日が昇り始めた。今日は快晴のようだ。

今日は初日にキャンプサイトにした笠石海浜公園まで歩く予定にしている。僕と小雪は海沿いの道を歩くつもりでいたのだが、沖永良部島は断崖が多く、あまり海に近いところを歩くことが出来ない。それならば、ということで、出会いを求め、まちの中を抜ける、歩道のある道を選んで歩くことにする。

サトウキビ畑の間や、一月なのに菜の花が咲く土手の横を、Tシャツとハーフパンツになった僕は汗をかきながら歩く。風呂に入れない旅で汗をかくのは、ちょっぴりツラいけど、汗と一緒に、歩いているという実感も吹き出てくる。中学校では野球部員たちがガジュマルの木陰で監督から指示を受けている。島で唯一の高校、沖永良部高校ではサッカー部が紅白戦をしているとなりに、野球部の部員達が集まってきていて、ザックを背負った小雪に向かって手を振ってくれる。

そろそろランチタイムが近づいてきた。今回の旅では、全ての食事をフリーズドライにするつもりはない。出来る限り、地元のお店を利用して、お店の人と会話をするつもりでいる。沖高を通り過ぎて、しばらく歩くと、左手に一件のレストランが見えてきた。駐車場の隅にはプレハブの建物があり、日陰に小雪をつないでおくこともできる。駐車場に入っていくと、ちょうど中から小ぎれいなおばちゃんが出てきた。

「犬と一緒に旅行なの?」

「はい。島を歩いて一周しています。」

「歩いて!?すごいね〜!」

簡単な会話をしながら、ザックを下ろし、小雪をプレハブにつないでいると、おばちゃんは「あ、もしかしてウチの店!?ごめんね。まだ、やってないの。」と言った。店の前には黒板に手書きのメニューがおいてあるため、すっかり営業中だと思っていた。おばちゃんと別れた僕達は次の店を求めて再び歩き出す。しかし、沖永良部島の市街地以外には、ほとんど店が無い。はたして次の店までは何キロ歩くのか…。

腕時計の温度計は21℃と表示されている。この気温になってくると、さすがに小雪は暑そうだ。サトウキビの陰で休憩しながら、歩くこと一時間以上。やっと次の店が見えてきた。それも二軒同時に。僕達は駐車場に垣根の日陰がある定食屋さんを選んだ。小雪を垣根につないでいると、早速、おじさんが出てきた。なかなか素早い行動だ。おじさんは「賢そうな犬だなぁ」とほめてくれる。内心は、その通りと思いながらも、僕は「そうでもないですよ。」と、謙遜しながら、小雪のボウルに水をたっぷりと注ぐ。

おじさんと一緒に店に入った僕はカラアゲ定食を注文して、おじさんと犬について話しをする。

「犬と一緒に旅行なんて優雅だねぇ。」

「いや、むしろ預けてくるほうがお金がかかるし、犬が一緒だと、自然とテント泊になるから、安上がりなんですよ。」

「テント!?犬も一緒に!?」

「そうですよ。ほとんどの宿には泊めてもらえないし、テントだとずっと一緒にいられるから、犬にとっては嬉しいみたいです。」

「良い旅をしとるんだな。なおさら優雅だ。」

おじさんが二度目に使った優雅という言葉が凄くうれしい。辞書によると『優雅→上品で美しいさま』とある。そうなのだ。小さな島や田舎のまちを、犬と歩く旅というのは、『上品で美しくて、そして優しい』旅なのだ。

「犬と歩いていると、出会いがいっぱいあるんです。人間だけで歩いていても、なかなか会話させてもらうことは無いんですけど、犬がいると、みんな自然と笑顔で話しかけてくれるんです。」

「確かにそうかもしれんねぇ。俺も話しかけちゃったもんな。」

「特に小雪は人なつっこくて、愛想が良いから助かります。小雪はいろんなところに連れて行かれて大変かもしれませんけどね。」
犬語が分かったら小雪はなんと言うだろう。旅を楽しいと言ってくれるだろうか。

「ただ、犬と一緒に旅をして、テントで眠る日々を過ごすと、そのうちにお互いの気持ちが分かってくる感覚があるんです。不思議なんですけど、確実に分かってきて、何も言わなくても通じてくるんですよね。」

「そんな風になれるのか。面白いねぇ。」

そして、僕がいつも感じていることが、もう一つある。それは『犬の飼い主に対する愛情が真っ直ぐで見返りを求めない』ということだ。おじさんに話すと「それは確かにそうだな。」と感心してくれた。

おじさんは「これ、飲んでよ」と、言って、お店で売っている還元水を1.5リットルプレゼントしてくれた。僕達はお礼を言って、おじさんに名刺を渡し、再び歩き出した。水の1.5リットルは当然ながら1.5圓僚鼎気ある。20垓瓩ぅ競奪に、さらに1.5圓上乗せされたわけだけど、そんなことは気にならないくらい、素晴らしい出会いだった。

僕達は軽快に歩き続け、初日にテントを張った、笠石海浜公園に到着した。暑い中、一日を楽しく歩いた僕達は笠石海浜公園の中にあるレストランのテラス席に座り、僕はめったに飲まない生ビールで、そして小雪は水で乾杯。

Day 5

1月5日。ついに最終日を迎えた。今日は特に予定も無く、遅めに起きた僕は小雪をテントに残し、30分だけ釣りに出かける。本当は、もっと釣りをしたかったけど、島の周囲のほとんどが断崖であることと、時間的な問題で、わずかな時間しかとれなかった。結局、何も釣れず、ルアー二個を無くしただけ。

しかたなくテントに戻ると、なんと白川さんがいた。「たぶんここだろうと思って来てみたんだ。飛行機の時間までの間、どこかに行こうよ。」と言って、またもや僕達を連れて行ってくれた。

いくつかの史跡を巡り、和泊の中華料理屋さんで昼食を食べた僕らは空港に向かう。

少しだけ残ったストーブのガソリンを白川さんの車に入れ、白川さんと固く握手してから別れた。空港駐車場のロータリーを周りながら白川さんは手を振り続けてくれた。僕は走り去る白川さんの車が見えなくなるまで手を振り続け、小雪もじっと車を見送っている。

フライトまでは2時間ほどあるが、これから数時間、飛行機に押し込まれる小雪のために、長めの散歩をしておきたかった僕は、初日に近づくことができなかった『日本一のガジュマル』がある、和泊私立国頭小学校に向かう。寄り道しながら15分で小学校に到着した僕達は、職員室にいる先生に声をかけた。先生方は旅行者の訪問に慣れているらしく、快く受け入れてくれ、写真を撮ってから、校庭を出て行く僕達に手を振って見送ってくれる。

メインの道路からはずれ、島を去ることを名残惜しむように、さらに遠回りしながら、空港に向かって歩く。農家に飼われている山羊の写真を撮っていると、小雪の吠える声に気づいたおばあちゃんが中から出てきて、ちょっぴり酸っぱい島ミカンを四個くれた。

道ばたには菜の花が咲き、民家の庭に生えているパパイヤの樹は、たわわに実をつけている。沖永良部島は、純粋で溢れるほどの優しさをくれた。